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京都地方裁判所 昭和43年(ワ)387号 判決

原告 辻徳一

被告 国 外一名

訴訟代理人 藤田康人 外四名

主文

一  被告山王神社は原告に対し、金一二九万六〇〇〇円及びこれに対する昭和四三年四月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告国に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告山王神社との間においては、原告に生じた費用の二分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告国との間においては全部原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

一  被告神社の損害賠償責任について

1  請求原因1(一)、(二)の事実及び同日の事実のうち損害額を除くその余の事実並びに同(三)の事実は、原告と被告神社との間に争いがない。

2  右争いのない事実によると、原告は、当時被告神社の代表者であつた石黒昭三との間に、本件土地を被告神社から代金一二九万六、〇〇〇円で買受ける旨の売買契約を締結し、右代金を完済したが、同土地が第三者の所有であつたためその所有権を取得できなかつたところ、この点につき石黒昭三に故意又は過失があつたというものであるから、原告は、右石黒の不法行為により右代金額に相当する金一二九万六、〇〇〇円の損害を蒙つたものというべきである。

3  そこで、原告の右損害につき、被告神社に賠償責任があるかどうかについて判断する。

この点つき被告神社は、本件売買契約は、同被告の代表役員であつた石黒が私利を図る目的で同被告の名義を冒用してなしたもので、宗教法入である被告神社の目的の範囲外の行為であり、また宗教法人法二三条、被告神社規則四五条所定の手続を経ていない無効の行為であるから、原告の右損害につき被告神社に賠償責任はない旨主張する。

しかしながら、弁論の全趣旨によると、被告神社は法令規則等の定めるところに従い、宗教活動を行なうことを目的とする宗教法人であることが認められるところ、宗教法人の代表者の行為が宗教法人法一一条一項ないし民法四四条一項にいう「その職務を行うにつき」なされたといいうるためには、その行為が代表者の抽象的職務権限に属し、外形上当該法人の目的の範囲内における行為と認められるものであれば足り、それが実質的にも目的の範囲内においてなされ、あるいは法令等の規定に適合してなされることまでも要するものではないと解するのが相当である。

これを本件について見るに、前記争いのない事実によれば、当時被告神社の代表者であつた石黒は、佐々木トク所有の本件土地について被告神社を所有者とする表示に関する登記及び所有権保存登記を経たうえ、被告神社を代表して、右各登記を信じた原告との間に本件売買契約を締結したものであるところ、およそ宗教法人がその目的とする宗教活動を行なうためには、その物的基礎として財産を所有し、その他私法上の取引を通じて適宜所有財産の増殖や資金の調達を図る必要があるのであるから、私法上の取引主体として財産処分行為を行なうことは、宗教法人としての目的を達成するに必要ないし相当な行為として、その目的の範囲内の行為に属するものというべく、したがつて、宗教法人の代表者は、当該法人を代表してこのような財産処分行為をなす抽象的権限を有するものといわなければならない。そうすると、石黒昭三が被告神社の代表者としてした本件売買契約は外形上被告神社の目的の範囲内の行為に属するものと認められ、そうである以上、仮に被告神社所論のように、本件売買契約の締結にあたり、代表者石黒が実質上その職務権限を濫用して自己の私利を図る意図を有し、あるいは宗教法人法二三条所定の公告ないし承認の手続を経ていなかつたとしても、このような主観的ないし内部的事情は直ちに右外形に影響を及ぼすものとはいいがたいから、本件売買契約によつて原告が蒙つた前記損害は、被告神社の代表者である石黒がその職務を行なうにつき不法行為によつて加えた損害であつて、被告神社にその賠償責任があるといわなければならない。

4  よつて、被告神社は原告に対し、金一二九万六、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状が同被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年四月二〇日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

二  被告国の損害賠償責任について

1  原告が本件土地につき所有権移転請求権保全の仮登記をしたこと及び原告主張の日に所有権移転登記を経由したこと、原告と訴外佐々木との間に原告主張の確定判決が存在すること、被告神社から本件土地につき表示登記及び所有権保存登記の申請がなされ、右各申請に基づき京都地方法務局登記官が右各登記をしたことは、原告と被告国との間に争いがない。

2  右争いのない事実に、〈証拠省略〉を総合すると、本件土地は、もと被告神社の境内地でその社殿が存在したが、明治四五年正月五日太政官布告第四号社寺領上地令によつて官有地となり、その後被告神社の社殿が現在地(同被告の肩書住所地)に移転されたことから、大正一一年頃京都市東山区清閑寺山ノ内町四七番地山林三畝一六歩として訴外佐藤国次郎に払い下げられて民有地となつたこと、昭和三八年当時の本件土地所有者は訴外佐々木トクであり、同人のため同土地について所有権取得登記と固定資産税課税台帳への登録がなされていたこと、ところが、当時被告神社代表者であつた石黒照三は、同年一一月一九日京都地方法務局登記官に対し、本件土地が被告神社所有の未登記物件であると偽り、被告神社名義をもつて同被告のため同土地につき表示に関する登記と所有権保存登記を申請し、その頃本件土地を同町二二番地宅地一〇八坪一合九勺とする表示登記と右所有権保存登記を得たこと、そして、原告は、同月二一日右表示登記と所有権保存登記を信じて被告神社から本件土地を買受けたことが認められ、右認定を左右するにたる証拠はない。

3  原告は、本件土地が既登記の他人所有物件であるのに、重ねて被告神社のため表示登記と所有権保存登記がなされたのは、その登記事務に関与した発記官に必要な調査を怠つた過失があつたことによるものであると主張するので、次にこの点について判断する。

〈証拠省略〉を総合すると次の事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)  昭和三八年一一月一九日被告神社代表役員石黒照三から本件土地についての表示に関する登記及び所有権保存登記の申請を受付けた京都地方法務局登記官安藤菊男は申請書及び添付書類による書面調査を遂げたうえ、さらに同日本件土地に臨んで、右申請書の作成者である土地家屋調査士津田保雄、被告神社代表役員石黒照三、同被告責任役員中田清太郎、同笹平右衛門及び営林署職員山脇三好を立合わせて実地調査し、その際、山脇が持参した隣接国有地の台帳と本件土地及びその周辺の現況等に基づき本件土地の位置、形状を検討した結果、その位置形状が右申請書添付図面のそれと一致しているものと認められたほか、本件土地の中間点よりやや西寄りにある松の木に「山王神社御旅所」と記載された相当古いものと思われる板が打ちつけてあり、立会人の山脇からも、本件土地は被告神社が毎年祭礼の際にみこしを休めている場所で被告神社の所有地である旨の説明があつた。なお、当時本件土地は草地で工作物等もなく、他に占有所有者の存在することを窺わせるような状況はみられなかつた。

(二)  登記官安藤は、本件土地を含む山ノ内町一帯の公図が登記所に存在しなかつたので、右実地調査をした直後、京都市役所に出向いて京都市地積図を閲覧したが、その結果、同地積図上本件土地は「社地四一」表示されていることが確認されたので、直ちに登記所に戻り、備付の登記簿や旧土地台帳に四一番土地が登載されているかどうかを調査したが結局これを発見するに至らなかつた。そこで、東山区役所の固定資産税係員に対し四一番土地の所有者と課税状況を電話で照会したが、同区役所備付の課税台帳にも四一番土地は登載されていない旨返答があつた。

(三)  以上の調査結果に基づき、安藤登記官は、本件土地の位置形状が申請書記載のそれと符合すること並びに本件土地は未登記物件で被告神社の所有に属するものであることが確認されたと判断して、被告神社の前記登記申請を受理し、その旨の登記をした。

右に認定した安藤登記官の調査結果を総合すると、本件土地が未登記物件であるとした同登記官の判断は、十分首肯できるものといわなければならない。

ところで、不動産の表示に関する登記の申請があつた場合、登記官は、形式的審査に止まらず、必要に応じて積極的に実地調査を実施するなどして実質的審査を遂げることにより、その表示に関する事項が真実と符合するものであるかどうかを調査し、併せて当該不動産が未登記のものであるかどうかを申請書及びその添付書類、発記所備付の登記簿、地図等の関係資料に基づいて審査すべき職責を負うものである。

右認定の事実によれば、安藤登記官は、被告神社の本件登記申請につき、申請書及びその添付書類を調査したうえ実地調査を行なつて本件土地の位置形状を確認し、その際現地の見分や立会人の供述によつて本件土地の所有関係を調査したほか、登記所に本件土地付近の地図が存在しなかつたところから京都市役所備付の地積図を閲覧したうえ、登記所備付の登記簿や旧台帳を調査し、さらに東山区役所の固定資産税係に電話照会するなどして本件土地が未登記のものであるかどうかを審査したのであるから、これをもつて二重登記を防止するための登記官に課せられた職責を果しているものと認めるのが相当であつて、同登記官の調査に懈怠があつたとすることはできない。

原告は、安藤登記官において二重登記を防止するため、さらに本件土地の固定資産税賦課対象者を東山区役所に照会し、また本件土地の所有関係が社寺領上地令とこれに伴うその後の法令によりいかに処理されたかを登記所備付の登記簿等により調査すべきであつたと主張するが、このような調査は、既に本件土地に付されている地番が何らかの資料により相当程度明らかになつてはじめて可能となるものであるところ、さきに認定した安藤登記官の調査結果からはこれについての何らの手懸りもえられず、本件土地が既登記のものであることを窺わせるような資料すら存在しなかつたのであるから、右調査は事実上不可能であつたというほかなく、同登記官がこのような調査をしなかつたことをもつて、その調査に懈怠があつたとすることはできない。

なお、原告が、神社の境内地は戦前はすべて国有地であつたとして、このことを前提に登記官の注意義務違反を主張する部分は、その前提の誤りであること、〈証拠省略〉によつて明らかであるから、これを採用することはできない。

また、原告は、安藤登記官において京都府宗務課備付の社寺明細帳を閲覧し、あるいは本件土地が少なくとも四〇番台の地番の土地として既登記既登録になつていないかどうかを調査すべきであつたと主張するが、不動産取引の円滑と登記事務の大量的処理の要請から、登記の正確性を確保する一方で、その迅速な事務処理を図るべき職責を有する登記官としては、本件土地が既登記であることを疑うべき特段の事情もないのに、右のような詳細かつ過重な調査をなし、あるいは全く関係のない他の地番まで調査を尽さなければならない義務はないというべく、原告の右主張は採用することができない。

4  原告は、京都地方法務局登記官には、二重登記を防止するため、同法務局に本件土地を含む山ノ内町地域内の土地について旧土地台帳付属地図若しくは不動産登記法一七条所定の地図を備付けておかなかつた過失があり、そうでないとしても、右地域内の土地について既登記物件の所在位置を明らかにしうる備忘的な地図を作成し備付けておかなかつた過失がある旨主張し、〈証拠省略〉によると、本件登記申請当時京都地方法務局には原告主張の右各地図がいずれも備付けられていなかつたことが認められるが、二重登記の防止は、登記申請書及びその添付書類と登記簿を照合し、必要に応じて各種図面や実地調査の結果等を総合してなされるのであつて、原告主張の各地図はその判断の一資料をなすにすぎず、これらの図面の不備不存在が直ちに二重登記の危険性を招来するものではない。のみならず、昭和三五年法律第一四号不動産登記法の一部を改正する等の法律の施行とこれに伴う旧土地台帳法の廃止により登記所に一定の規格を備えた土地の地図を備付けるものとされる一方(不動産登記法一七条、 一八条)、旧土地台帳付属地図(いわゆる公図)は直接の根拠規定を失い、ただ実務上不動産登記法一七条の地図を備えるまでの間暫定的に登記所に保管されることになつたものであるから、本件登記申請当時京都地方法務局登記官には同法務局に存在しなかつた旧土地台帳付属地図を改めて作成のうえ備付けておくべき義務はなかつたものというべきであるし、一七条地図はその所定の規格からみて作成に相当の日時と費用を要するものと考えられるところ、右当時同法務局においてその作成備付が可能な状態にあつたことを認むべき証拠はなく、また、右登記官において原告主張のような備忘的な地図を作成すべき法的義務はなく、かつこのような地図を備付けておかなければ直ちに登記事務に支障をきたすような状況にあつたことを認むべき証拠もない。

そうすると、右法務局登記官が同法務局に原告主張の各地図を備付けておかなかつたことが直ちに二重登記を防止するに必要な注意義務を怠つたことにあたるとはいいがたいし、このことが本件土地の二重登記を招来する原因になつたものと認めることも未だ困難であるというほかはない。

以上のとおりであるから、原告の被告国に対する請求はその余の点について判断するまでもなく、失当である。

三  よつて、原告の被告神社に対する請求は理由があるからこれを認容し、被告国に対する請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、 九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田次郎 谷村允裕 安原清蔵)

目録

京都市東山区清閑寺山ノ内町二二番地

宅地 三五七・六五平方メートル

(但し添付図面〈省略〉斜線の部分)

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